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2009年5月

2009年5月31日 (日)

プレシャスチャンダン。

プレシャスチャンダン。

好きな香りは色々ある。
アロマオイルにもお香にも目が無いけど、
その中でもHEMのCHANDANこれは別格です。
空気がしっとりした日なんてホントぴったりで泣きそうになる。

オーソドックスだし他にも色々良いお香あるけど、
結局帰りたくなるのこの匂い。
なんかこうノスタルジックな所があります。

チャンダンは「白檀」「サンダルウッド」の事なのですが、
白檀は香木として有名ですね。
日本のお線香にも良く使われているから親しみを感じるのかな。

写真右は以前に買った特大サイズバージョン。
これは!と思い即買いしたものの、
いざ焚こうと思った時にこれに合うお香立てがない事が判明、
未だ未開封です。

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2009年5月30日 (土)

きれいな時間〜。

きれいな時間〜。

時間の隙間の色。

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2009年5月28日 (木)

クワズイモ。

クワズイモ。

どうもこんにちは、僕クワズイモです。
がんばってまーす。

へんな名前とへんな形が気に入って
2月頃からうちに居りますクワズイモ。

初めは遠慮がちに小さくくねくねしていた茎と葉も、
今では「ヘイヘーイ!」と言うノリで
四方八方にテリトリーを広げています。

茎の部分が里芋に似ていて、
だけどお芋じゃないので食べられないのよ、
と言うで訳で「食わず芋」→「クワズイモ」なんだって。

お店の人が初夏に花が咲くよと教えてくれた、
梅雨が明けた頃かな、楽しみです。

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2009年5月26日 (火)

みず。

みず。

癒さるる〜

マイナスイオン!

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2009年5月21日 (木)

お元気そうでなにより。

好物はビール。
その割に健康オタクで漢方には専ら詳しかったりしたのは、
何度かこのブログにも登場している祖父龍一郎。

今日は祖父が夢に出てきて豪快に笑っていた。
手に持っていたのがクロレラだから笑えるのだけど、
実際にクロレラを飲んでいたから間違いではない。
クロレラってね、青緑の色した青緑な匂いの健康食品です。

相変わらずドーンとしていた。
ドーンとして、そして手にクロレラを持っていた。

祖父は実に健康漢方オタクで、
いつも何かしらの漢方薬を自分で調合しては
オブラートに包む作業をしていた。
クロレラとかキョーレオピンとか、
わざととしか思えない様な不味さの健康食品も
何故か好んで飲んでいた。
私も無理矢理飲まされた時期がある。
嫌だったなぁ。

アギミルや煎り大豆は美味しいから一緒に食べていた。

そう言えば祖父にはお気に入りの薬局があった。
漢方も扱うオレンジ薬局と言う薬局です。

オレンジ薬局にはお世話になっており、
頻繁にお邪魔していた祖父を母が迎えに行く訳だけど私もくっついてオレンジ薬局には良く行った。

私はお邪魔しては
サトチャン人形やら風船やら文房具やらをもらって帰った。

と言うよりは
本当はおまけが貰えるのを楽しみについて行っていたのだ。

オレンジ薬局の先生は今頃どうしているかなあ。
あの頃いつも私に
「大きくなったらナカヤマミホみたいになるぞ」
と言っていた。
だけど大きくなってみた今、
共通点はヤマとミくらいしかないです先生。
残念。


おじいちゃんは体を動かすのも好きだったから、
私がヨガも教えられる様になった事を知ったら
絶対一番の生徒になってくれたはず。

一緒にヨガしたりお酒のんだり、
向かい合っていっちょ前な話をしたかったなぁと思う。
足も肩ももっと揉んであげたかった。


健康の話が好きな所も辞書を眺めるのと時間忘れてしまう所も頑固な所も祖父に譲られました。
それはちょっと自分の中で好きなところ。

まだ生きていたならば
絶対気のあう趣味仲間になっていたのになぁと思う。

豪快な人だった故武勇伝は沢山あり祖父の思い出は楽しい。

見ててね、おじいちゃん。

見てるか。

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2009年5月10日 (日)

ケシゴム。

私の消しゴム。

今使っている消しゴムはこんなに小さい。
本当小さい。
使いにくい。
肩に力を入れながら指先でつまんでごしごししてて、本当に使いにくい。
ペンケースから探し出すのも一苦労、
本当に使いにくい。

のに、使うのをやめられないのだ。

愛着かなあ
執着かなあ。

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2009年5月 4日 (月)

あの日の仔犬。


ある朝、父がとても汚れた小さな小さな犬を手に乗せ連れてきた。

まだ夜も明けきらない早朝、家族一早起きの父が車庫に降りていくと、


車の下で何か弱々しい影がしきりに動いており、


びっくりして覗き込むとその仔犬がいたと言う。



抱き上げるとみいみいと情けない声で鳴き続けた。


片手に収まってしまう小さな命はくたびれて汚れていた。


泥などの汚れではなく、赤黒く血液が乾いたような状態だった。


大きさからして生まれてから時間が経っていないのだろう、


そんな姿で車の下でひとりぽっちで鳴いていた。




結局その子を手に乗せたまま家に上がってきた父は、


寝室にいた母の目の前にいきなり差し出して驚かせたらしい。


その少し後、起きぬけの寝ぼけた私も仔犬と初対面を果たす事になる。



お風呂場で汚れを洗い流してやると、


赤黒い汚れで固まっていた小さな身体がやわらかになって


乾かすと毛がふあふあになった。


白と黒の牛柄の模様をした愛くるしい姿が現れた。


マシュマロみたいだと思った。



「こりゃ仕方ないわなあ。」と父。


ため息まじりのぶっきらぼうな言葉と裏腹、


仔犬のまだ拙い動きを笑いながら目で追っていた。


どんな経緯でうちまで辿り着いたのかは分らないけれど、


「どうしよう」と話し合うこともなく仔犬は


その日から壺山家で暮らすことになる。


13年前のある朝の出来事。



その日私は一日中考え、学校から帰ってから「今日から大地だ」命名した。

柴犬(当時1歳)の空とうまくやれるか心配だったけど、


その必要はなくすぐに仲良くなった。


2匹はいつも一緒にくっついて回った。


空に比べ、ほとんど自己主張をせず何につけても遠慮がち。


でもその遠慮をたまに爆発させ、稀に意外ないたずらをしてみせる。


数回の家出歴もある。


でもあまり遠くへ行く度胸もないのですぐに戻ってくる、そんな大地。

そろりと寄ってきて全体重を預けじっとする。


それが彼なりの唯一の甘えの表現で、


私が実家を離れてたまにしか戻らなくなっても、


帰省の度にそう静かに甘えて来てくる。


私が大好きな柔らかい重み。

その大地が急に倒れたのだと、母から連絡が来た。


父が車庫に降りた時、大地は頭を変に傾けた状態で呼吸も苦しんでいて、


近くには吐いたものがあったという。


動物病院は時間外だったけどいつもの先生が無理を聞いてくれ、


処置ののちそのまま数日入院になった。



脳に障害があるかも知れないと言われた。


年齢を考えたらおかしくはないって。

考えて見ればもう大地は13歳。空は14歳。


犬の平均寿命は12~15歳と言われる。


それを考えると、私たちもそろそろ覚悟をしなければならないのか。




今は退院もして落ち着いていると言うけれど、


胸が締め付けられる思いです。

悲しくも自分たちの力では避ける事のできない現実が確かに近づいている、


小さな、それでも大きな命を今危なっかしい気持ちでただただ想います。


「生きる」にはこう言う事も含まれているのは分かっているけど、


やっぱり苦しいよ。




大地に会いたいなあ、


今すぐ抱きしめてやりたいです。


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